CFO×投資家対談

山善グループは、安心して投資を続けられる企業 ビジネスの魅力を、もっと資本市場に発信すべき

(左)トライヴィスタ・キャピタル株式会社 シニアアナリスト 月岡 深志 氏(中央)取締役 専務執行役員 最高財務責任者(CFO) 山添 正道(右)トライヴィスタ・キャピタル株式会社 代表取締役 後藤 正樹 氏

投資対象としての山善グループの魅力

後藤
当社の投資戦略は「クオリティバリュー投資」であり、高いクオリティを有する企業、しかも業界トップまたはトップに近いリーダー企業の株式が、市場から割安に評価されているような企業を見つけ出し、投資をするというコンセプトを貫いています。 山善グループは、機械卸のトップクラスの企業でありながら、対話を始めた5年前の時点で、資本市場では割安に評価されていたことに着目し、投資及び対話をさせていただきました。 一般に、卸売業界の企業の多くは、卸先の企業やその先の最終顧客を見てビジネスを行っていると理解していましたが、直接お話を伺い、貴社はそれだけではないと分かりました。 卸先や最終顧客はもちろん、仕入先であるメーカーも「大切なお客様」として捉えている企業と出会うのは初めての経験でした。 そのような考えを持つ貴社に対する私たち自身の理解が進むにつれ、このようなカルチャーを持つ企業だからこそ、業界トップに位置し、これからもシェアを高めていけるという結論に至りました。 貴社であれば、厳しい状況にある日本の卸売業界にあって、短期の受注サイクルの影響は受けながらも、着実にシェアを伸ばして成長し続けることができると考えました。 もう一つ、驚かされた点は、適正在庫を重視した経営にかなり以前から取り組んでいる点です。 今でこそ、多くの企業が資本効率を意識した経営をするようになりましたが、貴社は特に卸売業界が一番意識するべきKPIであるキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)が過去10年ほど前から見ても、ほぼマイナスと、安定した資金繰りができています。 その結果として高いROICを実現できていることが投資判断の一つのきっかけとなりました。
月岡
当社では、事業の強さ、企業としての強さを見極める際に、ROICを参考にすることが多くあります。 私も高ROIC企業でありながら、市場の評価としては割安だと考えて貴社に注目しました。 その後、後藤が申し上げたように、貴社より事業の仕組みを伺い、高いROICを実現できている理由を理解することができました。
山添
ご評価いただき、ありがとうございます。 確かに、今でこそCCCを管理指標とする企業は増えていますが、当社は以前から、「立て替えはしないように」ということを営業スタッフには常々伝えてきました。 売掛サイトと買掛サイトをバランスさせ、必要以上の在庫を抱えず、運転資金の膨張を抑えるよう、指導が続けられてきました。この意識を徹底するため、管理手法として、主要な運転資金に対して社内金利を課し、部門の利益から当該金利を差し引いたものを利益として捉えてきました。 加えて、基準値より多い在庫を抱えた場合は「在庫ペナルティー」という形で業績連動賞与の評価に組み込むという運用も行ってきました。 このように、キャッシュ・フローや在庫の圧縮を現場に徹底させてきたことで、営業スタッフもそれを肌身に沁みて感じる仕組みが、早い時期から構築されていました。
月岡
その話を聞いた時は、本当に驚きました。 かなり以前から、現場レベルで「資本コストを意識した経営」がなされ、営業スタッフ一人ひとりに沁みついているのですね。
後藤
かなり前からROIC経営の仕組みを現場に浸透させているというのは、本当にすばらしいことです。 日本企業の多くは、最近になって、ようやくROICを意識した経営を進めるようになりましたが、分子である利益を増やすことでROICを高めようとする企業が大半です。 さらに、分母の投下資本について必ずしも正しく評価されていないがゆえにROICを本当に意識した経営を進められているか疑問です。 貴社のように、投下資本の効率性を高めようと考える日本企業はまだまだ少ないと思います。
山添
そこは恐らく、紆余曲折の末にたどり着いた、当社独自の手法なのだと思います。 当社にも昔、資金繰りに苦労した時代があり、銀行から融資があまり受けられないなどの事態も経験した末に、なるべく自己資金で運転できるような形にして、借入金の返済に充ててきたということがあります。 冒頭、後藤さんより、当社が仕入先メーカー様もお客様として大切にしているという言葉をいただきましたが、戦後の焼け野原から事業を立ち上げた創業者が、苦しい中で商品を提供してくれた仕入先メーカー様に報いるため、商品を一生懸命売り、一刻も早く資金を回収して支払いを行う努力を重ねてきたことが、今日の私たちのDNAとして受け継がれているのだと思います。 そこから、メーカー様、販売店様、当社が一体となる「三位一体経営」という考え方が根づいたのだと考えています。

ビジネスモデルの優位性と人的資本

山添 正道
山添
今、日本の卸売業界には、向かい風が吹いていると認識しています。 EC(電子商取引)がこれだけ浸透してくると、それを専業とする企業も台頭してきており、卸売事業者のうちある程度は淘汰されていくと思います。 現時点では、機械や工具のうち専門的な商品に関してはEC販売だけでは情報が得にくく物量が確保しにくい。 そのため、やはり対面営業が必要となりますが、仕入先メーカー様は販売業務に人員を割くことができない。 結果、ユーザー様へ商品を届けるためには地方の販売店に製品を卸さなければならないという状況にあります。
そこを取りまとめる我々の卸売ビジネスは、そう簡単にはなくならないと思いますが、経営としては、淘汰されるリスクも念頭に置くべきだと捉えています。 当社としては、経営基盤である卸売ビジネスでの提案力をさらに強化し、付加価値を高める努力を継続しながらも、その上に新たなビジネスをオンしていく必要があると考えています。 その一環として国内外でのエンジニアリングビジネスや、家庭機器におけるファブレスメーカービジネスを積極的に拡大していく方針です。 例えば、国内エンジニアリングビジネスの拡充のために立ち上げたのがTFS(Total Factory Solution)支社です。主に仕入先メーカー様の工場や三品(食品・薬品・化粧品)等の新たな業界に対して、直接様々なソリューションを提案し、エンジニアリングビジネスを展開しようとするものです。
月岡
私たちも、業界自体がシュリンクしていくことを懸念していましたが、ご紹介いただいたTFS支社は業績をしっかり伸ばしており、業界が抱える課題への対応に率先して対応していこうとする貴社の姿勢には、安心感を持っています。 こうした点も、今後、引き続き投資をさせていただきたいと感じるポイントの一つです。
後藤
例えば、機械・工具卸売のマーケットが寡占状態ではないところに貴社の成長余地がかなりあると思っています。 トップクラスのシェアを持つ貴社でさえ、多く見積もっても10%程度のシェアです。 仮に市場全体の成長率がゼロであったとしても、戦略次第ではシェアを大きく伸ばすことができます。
山添
業界では売上トップクラスということもあり、当社の社員は、様々な製品を集められるパワーには長けていると思っています。 社員の多くは文系出身で、もともと技術的な専門知識は多く持ち合わせていないかもしれませんが、お客様の「お困りごと」を聞いて、その解決のために最適な製品を集め、提供するという「アセンブリ能力」が高いのだと思います。 お客様の要望を受けて、単に型番製品を流すのではなく、いろいろ提案して、お客様に役立ててもらおうという姿勢が強いのです。
月岡 深志 氏
月岡
それこそが貴社の価値と言えるかもしれません。 お客様にとっても、また仕入先メーカーにとっても、貴社はなくてはならない存在になっているのだと思います。
後藤
仕入元の機械メーカーとの関係性が強いからこそできることなのかもしれません。 ポストコロナで経済が回り始めた時期に世界的にサプライチェーンが混乱し、多くの企業が必要な機械や工具の調達に苦しんでいました。 その時にも貴社は高い調達力・提案力を活かして、すぐさまお客様に対して多様な提案ができていました。そこに大きな強みを感じます。 社会が苦境に陥った時ほど、貴社の強みが際立ちます。
山添
最近では、技術的な提案力も高めようと、仕入先メーカー様に営業担当者を派遣して勉強をさせてもらうような研修を行うほか、技術者のキャリア採用にも力を入れています。 さらに、組織としての力をより強化するために、階層別のキャリア研修なども充実させています。
後藤
我々が投資先を探す際には、やはり人的資本を大事にしている会社を探します。 一般論ですが、業界のリーダーとなる企業は、人を大切にする気持ちが高いし、給与水準も概ね高いところが多いように思います。 日本のように人口減少が進む中で、「希少資源」は何かと言えば、それは「人」です。 その中で、やはり貴社のように、人材を大切にして、育て、しっかりと対価を支払える企業というのは、「希少資源」を確保し続けることができると思います。 リーダー企業だからこそ、それができるのです。
月岡
私たちは長期目線の投資家ですが、貴社との対話を始めた時、やはり一番気になったのは、そもそもこの卸売ビジネス自体が持続可能なのかという点でした。 卸先の販売店や仕入先メーカーが集約して、卸を介さずに直接取引をするところが増えていくことが大きなリスクではないかという疑問です。 貴社との対話の中で、貴社のビジネスモデルを理解し、機械卸や工具卸の業界というのは、そのようなリスクが低い業界なのだということが分かりました。 だからこそ、人に対する投資を増やすことも、リスクテイクとして理に適っていると考えたことも、貴社に投資をさせていただくきっかけの一つとなりました。

資本コスト、株価を意識した経営

山添
先ほどもお話ししたように、過去には「無借金経営」に向ってひた走っていた時代もあり、資金が積み上がりました。 時代が変わり、今は資本効率が求められる時代で、当社も、中期経営計画を立てる際に、資本効率を高めることにも十分配慮するようになりました。 ただ、我々が持つ資金の全てが余剰であるとは考えていません。 業界の未来を見据えれば、シュリンクしていく市場もあれば、拡大が見込まれ、もっと経営資源を投入すべき市場もあります。 卸の業界が苦境に陥るのであれば、その領域を広げるためのM&Aや、業界再編も、私たちは率先して考えていく必要があります。 そのための資金が必要なほか、卸売業者として与信も重要なことから、調達コストを抑えるために信用格付への配慮も重要です。資本効率を考える際には、そこのバランスを考えています。
後藤
冒頭でも触れましたが、私たちは投資判断に際し、ROICを重視しています。 もちろんROICの水準はビジネスによって違います。 貴社のような高いROICを持つ企業が、さらに上を目指すことは大変だとは思います。 ただし、今以上に可能性のあるビジネスを見つけて、自己資金や借入金を投入して成長投資を続けることで、会社を成長させつつROICを維持・向上させることを期待しています。 しかし、ROEはまた別の話です。 ROICは事業に投下する資本のリターンであり、事業経営に対する考え方の話であるのに対し、ROEは、株主資本コストを超えるリターンを得ているかどうかのKPIです。 事業に関連しない資産が株主資本に含まれていれば、どうしてもROEは上がらず、PBRも高まりません。 最適なバランスシートを意識した経営がROEの向上につながります。
月岡
貴社は株主資本比率の目標を40~45%として、下限だけでなく上限も設定されていますね。 過剰な株主資本を持たないことを意識されていることが、ROEの向上につながるものと期待しています。 当社としては、WACCを上回るリターンが見込める投資先があれば、ぜひ成長投資に資金を回してほしいと考えています。 そのような魅力的な投資先がない場合は、配当や自社株買いなどをすることによって最適なバランスシートを維持していってほしいと考えます。

山善グループの持続的な成長に向けて

後藤 正樹 氏
後藤
クオリティ企業の定義を一言で語ることは難しいのですが、持続的に競争優位性を維持できる企業が、長期的に勝ち続けると思います。 貴社の競争優位性を理解するのには時間がかかりましたが、企業文化を含め、我々が求める性質を持つ企業であり、これからも市況によるアップダウンはあっても、安心して投資を続けられる企業であると判断しています。 私たちは「アクティビスト」でもなければ「エンゲージメント戦略ファンド」でもありません。 投資先の経営者と対話することは長期投資家としては当たり前の行動であります。 長期間に株主という名のパートナーであるためにも、対話することによって長期的に企業価値を上げていきたいと思っています。貴社の株主であり、パートナーであり、ファンでもあります。だからこそ貴社とは対話をぜひ続けたいと考えています。 今後の事業展開にも期待しています。
月岡
まだまだ、貴社のビジネスの良さが資本市場に伝わり切れていない部分があると感じています。 今回の統合報告書を読んで、その魅力が少しでも伝わればよいと思います。 今後は、少し時間をかけてでも、資本市場ともしっかり向き合っていただき、貴社の魅力を発信し続けていっていただけたらなと思います。 期待しています。
山添
営業スタッフに受け継がれるDNAは、これからも大切にしたいと考えています。 世界地図に当社の展開地域を表すと、まだまだ空白が多く、そこを埋めていきます。 卸売業界全体が厳しい状況でも、個々のビジネスを見れば可能性を感じます。 見方を変えれば成長の種は近くに落ちています。 これからも、自社グループの成長を軸に考えていきます。 この1、2年、IR活動を行ってきて感じるのは、外部の視点を取り入れることの大切さです。 投資家を含め、厳しい助言を受けることもありますが、その全てを聞き入れるというよりは、自社グループのポジションを考えて、何が一番妥当な選択肢なのかを考える良い機会につながると考えています。 今日の対話も、非常に有益でした。 貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。