山善の歴史

 
創立前史
前身は「大阪工具製作所」。創業者 山本猛夫が昭和10(1935)年、14歳で大阪・立売堀の機械工具商「㈱前田軍治商店」に丁稚奉公し、8年後の昭和18(1943)年、設立・開業し盛況を喜んだのも束の間、戦雲急を告げる中で兵役にとられ、わずか半年で看板を降ろすことに……。山本猛夫は送られた戦地沖縄の玉砕戦で九死に一生を得て、昭和21年(1946)年暮れ、生還した。
当時の前田軍治商店社内風景
前田軍治商店取締役支配人のころの山本猛夫(面列右から4人目)
  • 山本猛夫が機械工具商(大阪工具製作所)を開業
  • 太平洋戦争に応召、生還
会社設立
戦後山善の設立、実体は「兵役のため昭和19(1944)年に看板を降ろした店の再開」だったが、簡単にはいかなかった。大阪は焼け野原。闇市が賑わい、人も変わらず多かったが、街は復興どころか復旧へようやく動き始めたばかり。必要なのは機械工具よりもまずハンマーやスコップなど。看板は工具だが当面の取扱商品は生活復旧品とメドをつけ、昭和22年(1947)年5月、山善工具製販㈱を設立、本格スタートを切った。
創立当時の主力商品(ノギス、ドライバー、ペンチ)
社内風景
創立当時のPR、販促資材
社屋
山善ロゴ
昭和24年 本社社屋
  • 「山善工具製販株式会社」を設立
  • 商売は順風満帆
  • 本社を大阪・立売堀に移転
  • 貿易業務を開始
  • 連鎖会、親交会を結成
上場を目指して
創業者 山本猛夫が会社の上場を口にし始めたのは昭和32(1957),昭和33(1958)年、創業10年目の頃だ。小さな機械工具業界、しかも産声を上げてわずか10年の会社の話だから驚くよりも、まわりから嘲笑された。ところが山本猛夫は本気も本気、商売の規模と有り様、財務の充実、人材育成と組織整備など着々と準備を進め、昭和37(1962)年、大証2部、昭和38(1963)年、東証2部上場を果たした。機械工具流通業界初だった。
昭和30年ごろ取扱商品
最初のPR紙「機械器具の新聞」
取扱商品『相沢鉄工シャーリング』
倉庫研修で初荷を準備する社員
第3回日本国際見本市
福岡支店
昭和30年 山善ロゴ
昭和36年 本社社屋
東京支店(港区・麻布)
名古屋営業所新社屋
初の海外拠点沖縄駐在事務所
  • 商品の拡充と社名変更
  • 機械部門を設置
  • 「機械器具の新聞」発行
  • 日本国際見本市に初出展
  • 創立10周年記念式典を開催
  • 東京出張所(現東京本社)を開設
  • 名古屋出張所(現名古屋)を開設
  • 福岡出張所(現九州支社)を開設
  • 札幌営業所を開設
  • 初の海外拠点沖縄に開設
  • 独立採算制度を導入
成長と発展
昭和30年代半ばから40年代半ばにかけて、日本経済の高度成長期、当社は「モーレツ社長のモーレツ会社」として注目を浴びた。成長率が二ケタ時代。その数字に肩を並べる成長企業は珍しくなかったが、そんな中で㈱山善は頭ひとつ抜け出し、あっという間に1000億円企業に…。その成長スピードとスケールが出色だったため「モーレツ社長」が引っ張る「モーレツ会社」として何かと話題になった。
「切削工具」
広島営業所
山善40経営作戦「質重点の経営方針集」
シカゴ事務所(パインクレストアパート)
社員の経営意識の向上をはかる「私の業務報告書」
山善40経営作戦 「質重点の経営方針集」
昭和40年ごろの住宅機器商品PRカー
山善工作機械グループガイドブック
第3回YMGグループ全国地域窓口代理店(東京国際会議場)
YMGグループとして「優秀機械工業見本市」(日刊工業新聞主催)に出店

昭和37年 本社社屋
バンコク連絡事務所
アメリカ現地法人「ツルーフォンジ社」
「独立経営制度」 導入の為の冊子
  • 株式市場第二部に上場
  • 広島営業所を開設
  • アメリカに事務所を開設
  • 香港で初の海外展示会を開催
  • バンコクで貿易業務を開始
  • 東部山善連合会を結成
  • 40(ヨンマル)経営作戦と本部制の実施
  • ツル―フォージ社を設立
  • 住宅機器分野に進出
  • 台湾事務所を開設
  • 『独立経営制度』を導入
  • 山善工作機械グループを結成
  • 一部上場会社建設5ヵ年企画
躍動期
成長発展のスピードとスケールが世間の常識を飛び越える様を「躍動」呼ぶなら、昭和40年代前半の㈱山善がまさにそうだった。工作機械、産業機器、工具、住設機器など既存部門の二ケタ成長と並行して海外展開もネットワークを拡大、不動産、メディカルなど新事業への参入。売上高はあっという間に1000億円を超え、昭和45(1970)年2月、東証、大証1部上場、瞠目の成長を遂げた。
ツートンカラーのセールスカ―
昭和48年 経営スローガン
小説「どてらい男」がテレビで人気沸騰 写真提供:関西テレビ放送株式会社
日本機械器具新聞を発行(現在の日本物流新聞)
創業25周年記念「山善グループセールスマン躍進大会」
西日本山善倉庫センター(東大阪市)
東日本山善倉庫センター(川崎市)
ボウリング場に進出
「YSメディカルパック」のパンフレット
コスタショッピングセンター
静岡山善ビル
広島山善ビル
福岡山善ビル
デュッセルドルフに開設した事務所
昭和46年 山善ロゴ
東京本社社屋
大阪本社社屋
昭和48年 山善ロゴ
  • 営業本部を拡充
  • 山善健全経営ルールを導入
  • 山善経営スローガンを制定
  • 日銀再割適格商社に認定
  • 日本機械具新聞社を設立
  • 山善グループセールスマン躍進大会を初めて開催
  • YAMAZEN(EUROPE)GmbHを設立
  • 東京・大阪株式市場第一部に上場
  • 東・西の倉庫センターが完成
  • PR映画「商売に生き抜く」が完成
  • 山善社員投資会(従業員持株制度)が発足
  • 大阪本社にコンピューターを導入
  • 山善健康保険組合、山善厚生年金基金を設立
  • 東京支社が本社に昇格、東西2本社制に
  • 小説『どてらい男』がテレビで人気沸騰
  • 株式会社山善に社名変更
  • 日中友好商社に指定
  • 建設・不動産事業へ進出
  • リゾートマンション『プレジデント椿』を建設
  • 健康トレーニング・レジャー機器を輸入販売
  • テナントビルを建設
  • 『コスタショッピングセンター』がオープン
  • 『あたらしい暮らし展』を開催
苦難と再建
東京、大阪株式市場第一部上場企業としての体制を整え、不動産事業へも積極投資、拡大路線を走り始めた。その矢先のドルショック、一段落する間もなくオイルショックで巨額の負債を抱えることになった。成長企業として注目されていただけに世間の見る目は厳しく、必要以上の「経営危機」のうわさが本業の足を引っ張ることになり、いばらの再建が始まった。
非常事態宣言にともなう緊急社長通達
社長通達「山善30経営作戦」
初の家庭機器取扱商品カタログ
2回目の大阪どてらい市を開催(昭和51年、西日本山善倉庫センター)
創立前史
社長通達「10:7:3経営ルール」
  • 非常事態宣言
  • 30(サンマル)経営作戦-新生山善への挑戦
  • ぜんカントリークラブがオープン
  • 不動産・建設事業からの撤退
  • 10:7:3経営ルールを導入
  • 『どてらい市』を全国展開
  • ATOM研修
  • 家庭機器分野へ進出
  • 組織開発(OD)研修がスタート
信頼回復に向けて
「不動産投資が裏目に」、山本猛夫はその経営責任を明確にし自ら重い責を負うとともに、拡大した事業の縮小と生産財、消費財を中心とした本業回帰をはかり、取引先販売店に対する積極営業とサービスに取り組み、少しずつ信頼回復をはかっていった。取引メーカーの販売拡大に対する期待にも徹底した販路開拓などで応え信頼回復に努めた。
じゃがいも学校研修資料
社長会報「四季」創刊号
ハイテクメッセ(川崎市)
ウーロン茶「鉄観音」のカタログ
ゾーリンゲン包丁セットのカタログ
  • 取引先との連携強化
  • 「じゃがいも学校」を全国展開
  • どてらい市戦略会議を開催
  • 山善会社墓を建立
  • 社員会の全国組織化
  • 自主自律の分社経営
  • リース会社を設立
  • 株式会社ハイテクメッセを設立
  • 売上2000億円企業へ
  • 社需商社へ、特品商売を販売
  • 11期ぶりの復配
新しい時代へ
厳しい経営環境から抜け出すのにおよそ10年。同じ失敗を繰り返さず、新しい時代に見合う会社実現に向けて大胆な経営改革に乗り出した。個々人の能力依存から組織による安全、安定、安心による経営へ。「ゼウスプラン」の名の元、社員個々の能力アップと組織の充実、金融強化が打ち出され、新たなステージに向けての経営改革が進められた。

平成3(1991)年4月、山本猛夫は社長職を後進に譲り会長に就任。VI(ビジュアル・アイデンティティ)導入によるコーポレートロゴの刷新、大阪新本社ビルの竣工と、新たな時代の始まりを見届けるかのように、同年6月16日、急性呼吸不全のため逝去。享年70であった。
社内報「ZEUS NEWS」
「山本猛夫記念奨学基金」の
第一回奨学生の授与式
大阪本社社屋

山本猛夫が遺した「切拓く」精神と「考動力」は山善のDNAとして社員に脈々と受け継がれ、今日の山善の発展の礎となっている。

平成3年 山善ロゴ
  • 山善VAN「ZENET」を開発
  • スイスで第1回ワラント債を発行
  • ZEUS PLANがスタート
  • Z-PLAN'91委員会が発足
  • 北関東支社を開設
  • 「大輪会」に入会
  • VIを導入
  • 山本猛夫が会長、山本雅俊が社長に就任
  • 大幅な機構改革を実施
  • 大阪新本社ビルが竣工
  • メーカー顧問会が「山本猛夫様を囲む感謝の会」を開催
  • 山本猛夫創業会長が逝去
  • 厳粛に社葬が行われる
  • 「山本猛夫を偲ぶ会」を開催
  • 公益信託「山本猛夫記念奨学基金」を設立

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