昔のくらしから学ぶ! 9月のテーマ「食の工夫」 旬にも、おひつにも、深いワケがある。昔の食卓が大切なことを教えてくれます。

文: 和文化研究家 三浦康子

自然をいつくしむ 3つの旬

自然をいつくしむ 3つの旬

昔から、日本の食卓では旬のものを大切にしてきました。新鮮でおいしいのはもちろんのこと、旬のものには力があるからです。例えば、夏野菜(きゅうり、なす、トマトなど)は水分豊富で生で食べられるものが多いので、ほてった体を冷やしてくれます。冬野菜(だいこん、かぶ、白菜など)は煮込み料理に向いており、血行を促進して冷えた体を温めてくれます。つまり、旬のものを味わうことで、自然に体調が整うようになっています。

さらに、日本人は旬に風情を見いだしました。旬のものをひとくくりにせず、出まわる時期によって「走り」「盛り」「名残り」の3つに分けているのです。その繊細な心が料理にも息づいており、腕のいい料理人は、献立にそれらを全て盛り込むようになりました。もうそんな季節になったかと「走り」を楽しみ、「盛り」を堪能し、移りゆく季節の「名残り」を惜しむ。なんと粋なはからいでしょう。

今でこそ、きゅうりもだいこんも1年中出回っていますが、昔はみんな露地もの(自然の気象条件のもとで栽培された野菜)で、作物本来の素朴な味が楽しめました。魚だって、自然界で育った天然ものばかりです。

実りの秋は収穫に感謝

実りの秋は収穫に感謝

四季折々に旬があるのに、どうして「食欲の秋」というのでしょう?それは、主食の米を筆頭に、芋、豆、果物など秋に収穫されるものが多く、山の幸と海の幸が豊富だからです。

また、農耕民族にとって、実りの秋は感謝の季節。十五夜(旧暦8月15日)には収穫したての芋を供え、十三夜(旧暦9月13日)には豆を供え、稲刈りがすんで田の神様が山に帰るという十日夜(旧暦10月10日)には、田んぼを見守ってくれたカカシにお供えをして、お月見をする風習ができました。また、昔は新米をすぐに食べるのではなく、まずは「新嘗祭」(現在の勤労感謝の日のルーツ)で神様に供えてから口にしたといいます。こうしたことからも、食に対する日本人の心意気がうかがえるでしょう。

理にかなった食の知恵

理にかなった食の知恵

私たちの食生活を大きく変えたのは、衛生的に保存ができる「冷蔵庫」の登場です。昔は自然の氷で冷やす「氷室」なので、そう簡単に使えるものではありません。

そこで、昔の人は植物のもつ「フィトンチッド」を上手に使いました。「フィトンチッド」とは、ロシア語の「フィトン=植物」「チッド=やっつける」という意味で、土に根ざしている植物が、虫や細菌をやっつけるために自ら作り出している物質です。例えば、お刺身にわさび、しょうが、大葉を添えるのは抗菌作用の活用ですし、お寿司を笹や柿の葉でくるんだり、おにぎりに梅干しを入れて長持ちさせたり、防腐効果があるヒノキのおひつにご飯を入れたりするのも、「フィトンチッド」の活用例。昔の人はこうしたことを自然に学び、実践していたわけです。

さらに、長期保存にも知恵を使いました。漬もの、干もの、乾物は長持ちするだけでなく、日光を浴びることで栄養価も高まるという優れものですから、野菜がとれない冬にどれだけ助かったことでしょう。ちなみに、冬至のかぼちゃ(別名「なんきん」)は、栄養が不足しがちな冬に長期保存できるかぼちゃを食べようという暮らしの知恵と、「ん」のつくものを食べて縁起をかつぐ「運盛り」が結びついた風習です。

また、昔は流通手段もほとんどありませんから、近ごろ注目されている「地産地消」(その地域の農産物や水産物をその地域で消費すること)も当たり前のこと。今ふり返ると、昔の食卓が大切なことを教えてくれます。