昔のくらしから学ぶ! 4月のテーマ「おつきあい術」 日本には、今も昔も変わらず「相手を尊重し思いやる気持ち」があります。

文: 和文化研究家 三浦康子

粋な気配り 「江戸しぐさ」

粋な気配り 「江戸しぐさ」

いつの時代も大切なのは、人と人とのおつきあい。江戸時代に育まれた「江戸しぐさ」が、現代にも通じるコミュニケーション術として注目されています。「江戸しぐさ」ができたのは、今から200年以上も前の文化文政の時代のこと。江戸のまちには推定120万人の人が暮らしており、世界一の人口だったそうですが、現在の東京と同じように地方から様々な人が集まっていたため、習慣も気風も違いました。そこで、人々が互いに気持ちよく暮らすためのルールができ、日常の立ち居振る舞いから言葉使いまで、あらゆるおつきあい術が育まれ、「江戸しぐさ」となりました。

たとえば、「傘かしげ」とは、道ですれ違うときに傘がぶつかったり雫がかかったりしないよう、相手と反対側に少し傘を傾けること。「肩すかし」は、狭い道ですれ違う際、ぶつからないよう肩を引いて通り過ぎること。「こぶし腰浮かし」は、乗り合い船の先客たちが、乗客のためにこぶしひとつ分詰めながら席を空けること。こうした気配りがさりげなくできるのが粋で、身についていないのは野暮で格好悪いこととされました。

いずれも、相手を尊重し思いやる気持ちから生まれたものばかりで、「江戸しぐさ」を身につけることは、人間関係や暮らしの心得を会得することでもあり、親から子へ、年輩者から若者へと伝承されていきました。もともと「江戸しぐさ」は、仕草ではなく思草と書いたそうですから、まさに暮らしの哲学です。

親しき中にも礼儀あり

親しき仲にも礼儀あり

こうしたおつきあいを通じて、昔の人が大切にしてきたのは礼儀です。家族以外の様々な人とふれ合うなかで、子どもは挨拶や口のきき方を学んでいき、目上の人との接し方を覚えていきました。おじぎのしかたひとつにも節度があり、すれ違うときには会釈を交わし、挨拶や感謝を表すときは腰を折って敬礼し、深い感謝や謝罪を表すときは深々と頭を下げて最敬礼するのは当り前。お年寄りが重い荷物を持っていればさっと手伝う、そんなことが自然に身についていったのです。

それに、昔から畳の縁や敷居を踏むんじゃないと言われているのは、敷居はその家の象徴、畳の縁はその家の格式を表しているため、それを踏むことは家や家人を踏みつけるも同然だというのが大きな理由です。また、座布団を踏まないのは、かつては高貴な人しか座布団を使うことができなかった名残から、座布団に込められたもてなしの心を踏みにじる行為に通じるからです。こうした日本のしきたりも、礼儀をわきまえる心を育み、節度あるおつきあいにつながっていきました。

贈り物はおつきあいの潤滑油

贈りものはおつきあいの潤滑油

折りに触れ贈りものを交わすのも、礼儀を大切にする文化の表れです。たとえば、日頃の感謝をこめて贈るお中元・お歳暮は、先祖の霊を供養するためのお供えものを本家や親類にあげる風習が、お世話になった方々へと広がっていったものです。

また、他人の家を訪問するときの手土産は、大切な時間を自分のために割いてくださることへの礼儀の表れですが、心をこめて選んだ品を「つまらないものですが」と差し出すのは、いかにも日本人らしいところでしょう。かの有名な新渡戸稲造の著書『武士道』では、この言葉には、自分なりに誠意をもって選んだ品ですが立派なあなたの前ではつまらないものに思えますという謙遜の意があるとされ、日本人は最上の贈り物でもあなたにふさわしいと言えば相手の品格を傷つけ侮辱になると捉えて品物の値打ちを軽くいい、アメリカ人はよくない品物を差し上げることはあなたを侮辱することになると捉えるため品物をほめそやす、と説いています。

「つまらないものですが」は日本人独特のおつきあい術といえますが、その手土産を頂いた側が、「おもたせで失礼ですが」と言い添えてお客様に出すのもおなじみの光景でしょう。「おもたせ」とはお客様に敬意を込め、その方が持ってきてくださった土産物をさす敬語で、その場で一緒に食べられるときは、喜びを分かち合うのが礼儀とされているからです。

こうした古き良き伝統に加え、昔の人は母の日、父の日、クリスマス、バレンタインデーといった欧米発祥の贈りもの文化を上手にとり入れてきました。いずれも伝来当初は異文化としての扱いでしたが、家族や恋人への愛情表現が苦手だった日本人にとって、これらは気持ちを伝える素晴らしいチャンス。今や日本流にアレンジされ、世界屈指の賑わいをみせています。最近は「つまらないものですが」にかわる言葉として、「お気に召すと良いのですが」「心ばかりですが」などが使われるようになったのも、現代流のおつきあい術。今も昔も相手を思う気持ちは変わりませんが、表現手段が多彩になり、おつきあい上手、幸せ上手になっています。